古川・大野周辺

 狩野川の支流、古川流域とその周辺台地には、小集落が散在している。奥まった山地には、日本競輸学校・サイクルスポーツセンター、しいたけの里などの施設があり、観光客や地元の人達で賑わっている。また、平成5年、福祉施設伊豆中央ケアセンターも建設された。

大野断層
「昭和5年(1930)11月26日未明、4時3分、人々のまだ眠っているとき、北伊豆一帯は大地震によってとび起こされた。」(『北伊豆地震に学ぶ』より)
 北伊豆地震を起こした活断層の1つが大野断層で、ほぼ大野地区を南北に縦断してずれており、各所に大きな被害をもたらした。特に旭山の崖崩れは民家を埋めて大野川をせき止め、一時は小さな湖をつくったという。

凉宮まつり
 この祭りは古川に昔から伝わる7月の天王様祭りにおける行事である。これは竹を組み合わせて、麦わらで囲った小さなお宮様の屋形を作り、神への供物を捧げて祀る民俗行事になっている。町指定の無形民俗である。

倭文神社
 この神社は、延喜式内社として加えられた織物の神とされている。倭文の意味は横糸に植物繊維(イラクサ科の多年草であるからむし)を染めて織った布のことである。この地が、古くから、渡来文化(朝鮮半島系で、工芸にすぐれる)をもって、開けていたことを示す神社である(皇学館『延喜式研究の本』による)。

堀藤次親家館跡(藤次屋敷)
 大野から大仁町田原野へぬける道の途中に藤次屋敷と呼ばれる所がある。おそらく鎌倉時代の武将、堀藤次親家の館跡と推測される。
 堀藤次は源頼朝の挙兵に従い、鎌倉幕府がつくられた時期に活躍した人物である。後に北条時政によって殺害された。(吾妻鏡、源平盛衰記)。
 現在、この場所は田や牧草地となっている。昭和55年(1980)、地元老人会によって道路端に「堀藤次親家館跡」の碑が建てられた。堀籐次の供養塔が大野の定林寺にある。

日本競輪学校・サイクルスポーツセンター
 日本競輪学校は、昭和43年(1968)日本自転車振興会によって、大野地区の面積15万平方メートルの山地に、開設されたわが国唯一の競輪選手養成の場である。
 サイクルスポーツセンターは、競輪学校の隣接地に昭和46年(1971)にオープンした。170万平方メートルの大自然のなかで、文字どおりサイクルスポーツを楽しむ施設である。
 様々なサイクリングコースのほかに、体育館・温泉・室内温泉プールなどもある。
 特にこのプールは、日本水泳連盟公認の50メートル競泳プールと飛び込み台の施設もあり、各団体の合宿練習や水泳教室も行われ、1年中利用されている。

伊豆中央ケアセンター
 伊豆中央ケアセンターは、平成5年、国(厚生省・通商産業省)・県・3町(天城湯ヶ島町・中伊豆町・修善寺町)の財政援助により、社会福祉法人春風会が建設した。平成6年から、心身に障害があるために、常時世話を必要としたり、家庭での世話が困難なお年寄りを、24時間世話をするなどの施設福祉事業を行っている。
 地域福祉事業としては、在宅介護支援センター事業、ホームヘルパー派遣事業、ショートステイ、2種類のデイサービスセンター事業、機能訓練事業、入浴サービスがある。
 地域交流事業としては、福祉教育事業、老人介護セミナー事業、体験学習事業がある。
 入所判定は、平成12年度から、市町村の介護保険の認定によって行われている。